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ナデック通信

2023年
10月号

「年収の壁」への対応の最新情報とポイント

 社会保険をめぐる「年収の壁」問題への対応が、にわかにスポットライトを浴びています。「130万円の壁」や「106万円の壁」によって、パートタイム労働者が一定の収入を超えてしまうと、保険料が発生することでかえって手取りが少なくなってしまう“逆転現象”が起こってしまうことから、以前からさまざまな場面で問題視され、今年の国会でも議論を呼んでいました。先日、岸田首相が記者会見で「年収の壁」支援強化パッケージについて言及し、10月以降の実施を表明したことから、今はどこに行ってもこの話題で持ち切りという感があります。「壁を気にせずに働けるのはありがたい」という歓迎する声もあれば、「これから扶養制度(第3号被保険者)はどうなるの?」と不安視する向きもあり、当事者や家族にとっては気が気でならないテーマだといえます。今月のナデック通信では、この「年収の壁」への対応について、最新情報とポイントをまとめてみたいと思います。

(1)岸田首相の記者会見

 まずは9月25日の岸田首相の記者会見の内容について、しっかり見ておく必要があります。今回の支援強化パッケージは、明らかに官邸主導で導かれているテーマであり、先に示された全体像に基づいて、具体的な政策に落とし込まれ、厚労省などから情報が公開されるという流れになっています。したがって、首相の言葉が重いのは当然のこととして、このパッケージについてはとりわけ文言や表現にも注目していく必要があるでしょう。以下が、先日の首相会計の該当部分になります。もっとも気になるのは、「適用拡大の推進→次期年金制度改革→まずは「106万円の壁」支援策というくだり。ここに今後の方向性に向けたメッセージが見え隠れしているように感じます。

 若い世代の所得向上や人手不足への対応の観点から、「年収の壁」支援強化パッケージについても、週内に決定し、時給1,000円超えの最低賃金が動き出す、来月から実施してまいります。

 「130万円の壁」については、被用者保険の適用拡大を推進するとともに、次期年金制度改革を社会保障審議会で検討中ですが、まずは「106万円の壁」を乗り越えるための支援策を強力に講じてまいります。

 具体的には、事業主が労働者に「106万円の壁」を超えることに伴い、手取り収入が減少しないよう支給する社会保険適用促進手当、これを創設いたします。

 こうした手当の創設や、賃上げで労働者の収入を増加させる取組を行った事業主に対し、労働者1人当たり最大50万円を支給する助成金の新メニュー、これを創設いたします。

 こうした支援によって、社会保険料を国が実質的に軽減し、「壁」を越えても、給与収入の増加に応じて手取り収入が増加するようにしてまいります。政府としては「106万円の壁」を乗り越える方、全てを支援してまいります。

 このため、現在の賃金水準や就業時間から推計して、既に目の前に「就労の壁」を感じておられると想定される方々はもとより、今後、「壁」に近づく可能性がある全ての方が「壁」を乗り越えられるよう機動的に支援できる仕組みを整え、そのための予算上の措置を講じてまいります。
(令和5年9月25日岸田首相会見)

(2)「106万円の壁」「130万円の壁」への対応

 第3号被保険者の約4割が就労しているため、「106万円の壁」「130万円の壁」が現実的に就労抑制へとつながるケースが少なくありません。統計では、約57%の人が「130万円の壁」、約21%の人が「106万円の壁」を理由に、就業調整をしていると回答しています(令和3年パートタイム・有期雇用労働者総合実態調査)。

 「106万円の壁」は、従業員100人超えの企業に週20時間以上で勤務する場合が該当し、社会保険の適用対象となることで、厚生年金・健康保険に加入することになります。この場合は新たに社会保険料の負担が発生しますが、本人が第2号被保険者になることで、将来受け取れる年金額が増加することになります。社会保険料は労使折半の負担となりますので、ケースバイエースとはいえ、本人が全額負担する国民年金・国民健康保険よりは負担感が小さくなるケースがあります。

 「130万円の壁」では、上記以外の企業に勤務する場合が該当し、この場合は130万円を超えると、国民年金・国民健康保険に加入することになります。この場合は保険料は全額負担となるため、相応の負担感をともなうことになりますが、将来受け取れる年金額は変わらないため(国民年金の第3号被保険者が第1号被保険者に切り替わるだけ)、典型的な“逆転現象”が起こることになります。さらには、一定の要件を満たすことで振替加算が支給されるケースもあることから、今の時代にそぐわないという批判の声も少なくありません。

 「106万円の壁」への対応は、キャリアアップ助成金と社会保険適用促進手当を新設することで、労働者の負担分を補填することで取り組むことが想定されています。「130万円の壁」への対応は、130万円の被扶養者認定基準について、一時的な収入変動による場合との事業主証明を行うことで、被扶養者から除外されることを見送る方法が採用される見通しです。いずれも具体的な労働者を取り巻く状況と講じられる措置がまったく異なるため、しっかり整理をして実務対応をしていく必要があるといえるでしょう。

 あわせて、事実上、「年収の壁」から外れることを躊躇する理由となっている企業の配偶者手当の見直しや改廃について、手順の例をフローチャートで示したり、行政が主催するセミナーなどで啓蒙したり、中小企業団体などを通じて周知するなどして、問題喚起を促していくことが計画されています。配偶者手当についてはすでに時代の潮流を見据えた見通しも示されていますが、一方的な廃止については不利益変更となる可能性があることから、現実的には柔軟かつ段階的な移行が求められるテーマだといえるでしょう。

(3)社会保険促進手当について

 キャリアアップ助成金については省令の改正が必要であり、現在のところその具体的な内容は明らかになっていないため、ここでは社会保険促進手当と事業主証明による被扶養認定の円滑化について、簡単に触れたいと思います。

 「社会保険適用促進手当」とは、今まで社会保険の適用外だった労働者が新たに適用となった場合に、労働者の保険料負担を軽減することを目的に、事業主が支給することができる手当のことをいいます。この手当は、給与や賞与とは別に支給するものとし、保険料算定の基礎となる標準報酬月額や標準賞与額の算定には参入しないこととされます。したがって、手当額該当分の社会保険料はかからず、その全額が引き上げられた保険料負担の軽減に充てられることになります。

 この手当は有効活用することで効果が期待できそうですが、運用の詳細については今後の情報を待つ必要があります。例えば、社会保険の算定からは除外されるとされているが、労働保険の取扱いはどうなるか?最大2年とされているものの、3年目以降の運用はどうなるのか?手当として制度化したものを一方的に廃止すると不利益変更になるか?などといった点は、現段階では不明ですので、あくまで全体像が明らかになってから制度設計などの実務対応を進めるべきだと思います。

(4)事業主証明による被扶養認定の円滑化について

 被扶養者の認定は、過去の課税証明書、給与明細書、雇用契約書などによって確認されますが、短時間労働者である被扶養者が一時的に年収130万円以上となる場合については、人手不足による労働時間延長などに伴う一時的な収入変動である旨の事業主の証明を添付することで、引き続き被扶養者としての認定を可能とする措置が講じられることになります。

 この取扱いはあくまでも「一時的な事情」に基づく例外的な認定であることから、同一の者について原則として連続2回までが上限となります。したがって、1年目150万円、2年目150万円で事業主証明によって被扶養者の認定を維持した場合でも、3年目は130万円を超えない働き方をしない限り、被扶養者にとどまることはできなくなります。この制度がいつまで続くのか、例えば3年目に130万円を超えなければ、4年目以降はまた事業主証明による取扱いが認めらえるのかどうかは、現段階では不明です。また、事業主証明による場合も、収入額の上限が設けられる可能性もありますので、今後の情報に注視したいものです。

 いずれにしても、この認定についてはあくまで例外的な取り扱いであり、収入額や実際の運用については行政の裁量の余地があり、実施期間についてもひとまず2年間だと受け止めておいた方がリスク管理上は望ましいと思います。事業所としては、該当する労働者からの照会や要望がもっとも多いテーマであることが予測されるため、確実な説明と実務対応を図るための準備を整えておくことが大切でしょう。

(5)今後の第3号被保険者のゆくえは?

 今回の「年収の壁」支援強化パッケージを受けて、「もう第3号被保険者はなくなるのではないか?」という報道などもしばしば目にします。もちろん現段階でそのような方針が決まっているわけではありませんが、そうした予測や推察にも、まったく根拠がないともいえません。少なくとも今回の政策の流れを受けて、第3号被保険者について従来以上に正面から議論の対象となることは確実ですし、方向性としては近い将来の改廃という流れに帰着するのは自然だといえます。

 社会保険促進手当や事業主証明による被扶養認定の円滑化に共通するのは、「2年間」というキーワードです。促進手当が算定基礎から除外されるのは最大2年であり、事業主証明による扶養認定の措置も2回までです。この点に冒頭に紹介した岸田首相の発言内容の行間を読むと、実質2年間の経過措置の意味合いを含んでいるという見立てが成り立ちます。2年後に予定されている年金制度改革と、さらなる適用拡大、最賃引き上げの効果も相まって、流れとしては第3号被保険者は実質消滅に向かうのです。

 不思議なことにあまり報道されませんが、諸外国の年金制度をみても、被扶養配偶者に満額支給されるのは日本くらいで、米国や英国などは一定割合の部分年金が支給されています。現在の社会保障や税制が導入された昭和末期の時代とは家族のあり方や産業構造は一変し、政策的に夫婦のあり方を固定化しようとする制度には、すでにさまざまな矛盾や限界が出てきています。ダブルインカムが当たり前の若い世代のジェンダーロールへの負の影響も考慮すれば、すでに歴史的使命を終えているといえるのかもしれません。

 今月から適用される最低賃金が全国過重平均で1,000円超えが実現した時代、制度設計時から運用されてきた「壁」が同額のまま残されていることがむしろ現実離れしているともいえるでしょう。これから本格化する審議会での議論もまさに多様な意見の様相のようですが、最終的にはおしとやかにソフトランディングに向かうのが全体最適だという考えに集約されるのではないかと思います。先のことは誰にも分かりませんが、事業所としてはこれからの新たな方向性に柔軟に対応していく心構えが必要な時期だといえる気がします。