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ナデック通信

2023年
8月号

定年後再雇用後の待遇をめぐる判断 ~名古屋自動車学校事件~

人手不足や労働移動の硬直化などで労働者の高齢化が進む中で、定年後の労働条件が論点になることが増えています。高年齢者雇用安定法(第9条)では、65歳までの継続雇用制度や再雇用制度が認められていますが、60歳定年でいったん雇用契約が満了することで、その後の賃金などの労働条件は変更(一般的には引き下げ)されるのが一般的です。雇用保険の高年齢雇用継続給付では、定年前よりも61%程度まで給与が下がると、その下がった比率に応じて一定の給付が受けられます。一定の要件を満たすことで報酬比例部分の老齢厚生年金も受給できることから、実務的にはそれらの給付を見込んで定年後の待遇を設定するケースが多いといえます。

ところが、定年後の嘱託雇用は有期雇用労働者になることを意味するため、同一労働同一賃金の考え方(労働契約法第20条)に照らして、定年前の正社員と定年後の非正規雇用との労働条件の相違が「不合理」かどうかが問題となります。この判断にあたっては、①業務内容、②業務の責任、③配置の変更範囲、④その他の事情が考慮されることになりますが、個別の待遇ごとに具体的に判断することが求められるため、あらかじめ確かな結論を導くことが困難ともいえ、しばしば実務の現場でも混乱が見られ、深刻な労使トラブルになったり、訴訟にまで発展するケースもあります。従来、定年後の同一労働同一賃金をめぐって「基本給」について最高裁が判断を下した例はありませんでしたが、今回初めて事実上の判断に踏み込んだため、各方面から注目を集めました。

7月20日の名古屋自動車事件の最高裁判決では、定年後再雇用後の給与が大幅に引き下げられたのは同一労働同一賃金の観点から不合理だとして、定年前の給与との差額の支払いなどを求められたのに対して、基本給などの支給の趣旨や目的は具体的に考慮すべきであり、嘱託職員の基本給は正職員とは異なる性質や目的を有することについて十分な検討を行っていないとして、待遇の格差を違法であると判断した高裁判決を破棄し、名古屋高裁に審理を差し戻しました。

(1)不合理性の判断について

今回の判決では、メトロコマース事件(令和2年10月13日最高裁判決)を引用して、労働条件が不合理であるかどうかの判断については、基本給や賞与に関しても、その趣旨や目的に照らして具体的に考慮し、検討すべきであることが確認されています。内容としては、従来の最高裁判決の考え方が基本給についてもそのまま適用される旨が確認されているにとどまるといえますが、「目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」とあるように、個別・具体的に考慮・検討すべきことの重要性が念押しされているととらえることができます。

 労働条件の相違が基本給や賞与の支給に係るものであったとしても、それが同条にいう不合理と認められるものに当たる場合はあり得るものと考えられる。もっとも、その判断に当たっては、他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべきものである。

(2)基本給の相違について

続いて最高裁の判断として、正社員の基本給は、「勤続給」の性質のみとは限らず、「職務給」の性質も有していたとみられ、なおかつ「功績給」としての意味合いも含まれていたことなどに照らすと、「職能給」の性質を有するとみることもできるが、さまざまな性質を有する可能性がある基本給の目的を確定することができないとした上で、以下のような判断が示されています。

 嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべきである。

高裁の判断において、正社員の基本給は、年功的な性格を有するものという判断にとどまり、ほかの性質の有無や内容、支給目的が何ら検討されていないという問題点が指摘され、差し戻しの理由とされていますが、正社員と非正規雇用の基本給について、性質や内容、目的の違いが就業規則や労働契約においてあらかじめ明確に説明されているケースはそれほど多くはないと思われるため、この点は今後の現場実務を考える上では一つの課題になっていく可能性があると考えられます。

(3)「その他の事情」について

①業務内容、②業務の責任、③配置の変更範囲に続く④その他の事情については、具体的には労使交渉に関する事情などが含まれるとされていますが、この場合の労使交渉については、労働条件に関する合意の有無や内容といった結果だけではなく、労使交渉自体の経緯についても勘案すべきだというと解釈が、今回の判例では示されています。

 上告人は、被上告人X1及びその所属する労働組合との間で、嘱託職員としての賃金を含む労働条件の見直しについて労使交渉を行っていたところ、原審は、上記労使交渉につき、その結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない。

今回の最高裁は、「結果に着目するにとどまり、上記見直しの要求等に対する上告人の回答やこれに対する上記労働組合等の反応の有無及び内容といった具体的な経緯を勘案していない」とかなり強い表現で高裁における審理の内容に批判しています。正社員と嘱託社員との間の基本給の金額の相違について、基本給の性質や目的を十分に踏まえることなく、労使交渉の経緯や結果を十分に考慮しないまま、その一部が「不合理と認められる」とした高裁の判断は、解釈適用を誤った違法があるとしているため、今後差し戻しを受けて再審理される高裁の判断に注目されることになります。

(4)賞与、一時金について

 被上告人らに支給された嘱託職員一時金は、正職員の賞与と異なる基準
によってではあるが、同時期に支給されていたものであり、正職員の賞与に代替するものと位置付けられていたということができるところ、原審は、賞与及び嘱託職員一時金の性質及び支給の目的を何ら検討していない。

賞与や一時金をめぐる相違についても、同じくそれらの性質や支給の目的を十分に検討することなく、労使交渉に経緯や結果についても適切に考慮しないままに「不合理」とした高裁の判断は、解釈適用を誤った違法だとしています。就業規則や給与規程などでの賞与や一時金の規定や社内における取り扱いなどが問われることになり、今後の実務対応への影響も考えられる論点だといえます。

(5)今回の判例全体について

最高裁が定年後の基本給をめぐる争いに初めて判断をした画期的な判例ですが、具体的な判断は差し戻しとなった名古屋高裁での再審理となるため、事案の確定まではしばらくの時間がかかることになります。全体の印象としては、地裁、高裁と同一労働同一賃金に照らして「不合理」と判断した流れについて、最高裁がひとまず一拍おいて慎重な再判断を求めたという位置づけであり、定年後の雇用をめぐる労働条件の問題については慎重に対応する必要があるという国のスタンスも垣間見えます。

ともあれ、今回の判例では、労使交渉の結果はもちろんのこと、そのプロセスについても十分に考慮することが求められることが再三確認されているため、この点は十分に意識して今後の実務対応にのぞんでいく必要があるといえます。労働組合との交渉にとどまらず、個別の労働者への説明や相談、合意などにあたっても、相当の時間的な対応や会社としての誠意を払っていくことが求められるといえるでしょう。定年後再雇用のテーマをめぐっては、今後もさまざまな動きがあると思いますので、注視していきたいところです。