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ナデック通信

2023年
1月号

中小企業の「賃上げ」と税・社会保険の仕組み

 今年の通常国会が始まりました。2023年の大きな政策テーマは、「防衛」「少子化対策」そして「賃上げ」のようです。財源として所得税や法人税の将来的な増税が議論され、またインフレ率を超える賃上げが各方面から求められていますから、中小零細企業の経営者には頭の痛い話ばかりかもしれません。国を挙げて賃上げを目指す方向性に対しては、積極的に賃上げ実行を表明する経営者がいる一方で、必ずしも景況が良くない中で判断に迷ったり、人件費の増加に耐えうる経営状況にないと考える企業も少なくありません。そもそも賃上げは経営者が自主的・自律的に判断すべきであり、外部から口出しすべきことではありませんが、経営者の悩みには共通点もまた多いのではないでしょうか。

 日本の賃金水準は20年以上に渡って上がっていないといわれますが、もちろん業種・業態、職種や地域、個別の事業所や労働者の事情によるとはいえ、残念ながら概ねそのような傾向にあることは以下の毎月勤労統計調査による「常用労働者1人平均月間現金給与額」(1947年~2021年、年平均)の動向をみると分かりやすいでしょう。20年あまりの物価や最低賃金の上昇、企業規模による賃金格差なども踏まえてとらえると、実質賃金をめぐる働き手の肌感覚にはさらに厳しいものがあるような気がします。

労働政策研究・研修機構HPより
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0401.html

 賃上げには基本給の水準が一律で上がるベースアップと毎年事業所が決めた時期に実施される定期昇給がありますが、政策的に賃上げを議論・実施する場合はベースアップが対象となるケースが多いといえます。日本の労働法では厳しい解雇規制(労働契約法16条)と不利益変更の法理(同10条)が置かれているため、解雇規制が緩やかな欧米や中国などと比べると、賃上げにはより綿密な将来に渡っての経営計画が求められます。いったん引き上げた賃金は将来経営が悪化しても容易に引き下げることができず、解雇をめぐるハードルも極めて高いため、大企業はともかく中小零細企業で短期の利益のもとでの賃上げに慎重になるのは、平均的な経営者のマインドだといえます。具体的には個別の事業所・経営者の判断になるとはいえ、一般的にいえば必ずしも黒字なのにケチで賃上げに抵抗しているわけではなく、経営者としては上げたくてもそう簡単には上げられないバックボーンがあるのです。

 さらに、社会保険料や所得税の仕組みの問題もあります。女性が出産後は主婦か主婦パートを行うことを暗黙の前提とした昭和型の雇用慣行、それとパッケージ化された税・社会保険制度、保育所の仕組みなどは、明らかに時代遅れの制度となりつつあります。昭和から平成を経て令和の時代、サラリーマン夫+専業主婦妻という夫婦のモデルは明らかに少数派になっており、本格的なダブルインカム夫婦への変化が急速に進んでいます。にもかかわらず、所得税の配偶者控除や社会保険の第3号被保険者制度、これらを前提とした個別企業の配偶者手当などの旧態依然とした仕組みがほとんどリニューアルされない現実が、逆に少子化の流れに拍車を掛けてしまっている感すらあります。かつては専業主婦の生活や権利を保障することが子育て支援になると信じられていたところ、実態としてダブルインカム型で世帯所得を得なければとても出産どころではない夫婦(とりわけ妻)の勤労意欲を損なわせてしまっているのかもしれません。

 現在の税制や社会保険の仕組みは、少々の金額を賃上げしてもまったく手取りに反映しないことも普通にあります。せっかく賃上げしても労働者はまったく実感できないわけですから、経営者としては空しい限りだと思います。給与計算の実務に携わっていると、実際に数千円の昇給があっても逆転現象が起こって手取りが減るケースもしばしば目にします。さらに所得税の103万円、社会保険の130万円という壁があるため、パートタイマーや契約社員が昇給の結果この金額を超えてしまうと、控除から外れてしまうために多くの場合、手取りはかなり目減りしてしまうことになります。専業主婦よりも圧倒的にダブルインカム世帯が主流となった今日、意識面における「2つの壁」の弊害は想像以上に大きいといえるのかもしれません。

 このような状況の中で中小零細企業が持続的に賃上げを行うには、自社の経営状態や周囲の景況といった条件のみにとどまらない長期的な戦略や大局観が必要だと思われます。基本給のベースアップに限定しない弾力的な昇給や労働者個別の実績成果の評価に基づく要素との連携、月例賃金のみにとどまらない賞与や臨時給与なども加味した年収ベースでの昇給制度の実施などを並行・複合していくことが現実的かもしれません。103万円と130万円の壁については、ダブルインカム時代の本格化や今後の最低賃金の引き上げによって緩やかに歴史的役割を終えると思いますが、業種業態や経営方針などによるとはいえ、企業の自主努力によって低賃金のパートタイマーの戦力に安易に頼らない人材活用を目指していくべきだといえるでしょう。

 中長期的には、解雇の金銭解決や解雇規制の部分見直し、ジョブ型雇用やドラスティックな人事評価の試行、「男性は仕事、女性は家事・育児」という昭和的な性別分業論を底流に置く社会保障制度や税制の仕組みの抜本的なリニューアルが求められると思いますが、できる限りの努力と工夫によって当面の賃上げに向けて取り組みつつ、そうした将来を目指す機運づくりを意識していく時代だといえるのかもしれません。自社の目標の共有と経営状態の見える化を図り、労使双方の信頼の強化とマインドが合致するポイントを大事にしながら、柔軟なスタンスで利益を労働者に還元していくことが求められるのではないでしょうか。

 蛇足ですが、マクロ経済学ではNAIRU(インフレ率を上昇させない失業率non-increasing inflation rate of unemployment)という考え方があり、理論としてはある水準まで失業率が下がるほど全体としての賃上げが実現されるといわれています。国全体の財政・金融政策として、積極財政か緊縮財政か、金融緩和か金融引き締めかという議論が盛んな時期ですが、2%程度が理想だとされるNAIRUをめぐる指標が今後どのように推移していくかにも注視したいところです。NAIRUについては、さまざまなマクロ経済学の学説・立場によってもかなり理解が異なる部分があり、そもそも一定レベルの経済学の知識がないとなかなか理解できない難解な理論ですが、以下のような簡単な模式図がありますので、概略を絵的に理解する場合の参考にしたいものです。


https://www.economicsonline.co.uk/definitions/nairu.html/