三重県の社会保険労務士法人ナデック

初回相談無料!まずはお気軽にナデックまでお電話ください。

三重県の労務問題、労使トラブル、行政対応、研修講師ならナデックへ。

059-388-3608
受付時間 10:00-18:00
HOME ナデック通信 パワハラ防止法とジェンダー
a

ナデック通信

2022年
5月号

パワハラ防止法とジェンダー

 2022年4月からは中小企業にパワハラ防止法(労働施策総合推進法)が施行され、2020年6月から先行されている大企業も含めて、すべての事業所に適用されました。パワハラ防止法では、法律で初めてパワハラの定義が置かれたほか、労働者への周知・啓蒙や相談窓口の設置、パワハラ発生時の対応と再発防止などが事業主に義務づけられました。従来パワハラ防止についてはセクハラ防止とは異なり根拠法がなかったため、職場における対応についても個人の自覚などに委ねざるを得ない面が少なくありませんでしたが、今回の法制化によって社会全般の意識の向上や労使相互の理解も含めた防止措置への前進が期待できるといえるでしょう。

 パワハラ行為については、典型的には、同じ職場の上司や先輩などが仕事の範囲を超えて部下や後輩に度が過ぎた嫌がらせをしたり、権限を悪用して働きづらくさせたりするような例が多いと理解されています。セクハラとは異なり被害者の感じ方や受け止め方といった主観の占める要素は少ないとされますが、実際にはパワハラとセクハラが互いに融合し合っているようなケースも少なくなく、上司が部下にパワハラ行為を働く中でセクハラ的な言動へと発展するとか、男性の女性に対するセクハラ的な言動が業務性を帯びることでパワハラ的要素を伴うといった展開もしばしば起こっています。
 
 
 
 そもそもハラスメントとは、ある権限を持つが人がその権限を行使するにあたって逸脱や濫用が起こることで発生するととらえれば、典型的にはマジョリティのマイノリティに対する行き過ぎた力学の表われと理解することができ、構図としては上司→部下、男性→女性というベクトルが従来の社会においては一般的だったと考えることができます。現在では部下から上司へのパワハラや女性から男性へのセクハラの存在もさまざまなケースで指摘されていますが、それも多様性の表われだととらえるなら、マジョリティからマイノリティに対する暴力性の本質は変わらないといえるでしょう。

 その意味では、ハラスメント対策を考えるにあたっては、マジョリティ―マイノリティの関係の典型であるジェンダーの視点を意識することが大切だといえます。今は子育てにおいても学校教育においても、柔軟な多様性を意識して「男は男らしく」「女は女らしく」という古典的な役割規範に必要以上に縛られないスタンスが重要視されつつありますが、一方で社会に出ると良くも悪くも従来と変わらない性別による役割分担の意識が深く根付いている場面が随所に見られ、時代はまさに過渡期の様相を呈しています。ハラスメント対策については法律や制度の理解や対応もさることながら、それ以上に社会における人々の認識や習慣、心のあり方や人間関係との向き合い方などの方が大切だといえるでしょう。
 
 
 
 今の時代の複雑に入り乱れた価値観の中で、何が「男らしい」のか「女らしい」のかを認識したり共有するのはなかなか難しいですが、少なくとも行き過ぎた「男らしさ」や「女らしさ」の弊害がハラスメントと関連していることは間違い
ないと思います。世の中の風潮の中で、男女平等や男女共同参画とハラスメント対策とをまったく関連性のない別々のものだと考えるような傾向も根強いですが、それは誇張を恐れずにいえばアクセスとブレーキを同時に踏んでいる状態に等しいともいえます。ハラスメントの本質を理解してその根絶を目指すには、構造的なマジョリティ―マイノリティの関係にあるジェンダー平等の視点を未来志向で描くことが不可欠でしょう。

 ジェンダー差別によるハラスメントには、もうひとつの論点があります。それがSOGIハラです。SOGIハラとは、性的指向や性自認に関連した、差別的な言動や嘲笑、いじめや暴力などの精神的・肉体的な嫌がらせを行うことや、望まない性別での生活の強要、不当な異動や解雇をすることをいいます。パワハラ防止法の具体的な取組内容については、いわゆるパワハラ指針(令和2年厚生労働省告示第5号)で定められていますが、この中では以下のような整理がなされています。
 
 
 
パワハラの6類型(SOGIハラについて)

該当する例 該当しない例
①身体的な攻撃
②精神的な攻撃 「性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うこと」
③人間関係からの切り離し
④過少な要求
⑤過大な要求
⑥個の侵害 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」 「労働者の了解を得て、当該労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に伝達し、配慮を促すこと」
プライバシーの保護 「性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報も含まれる」

 
 
 
 SOGIハラについてはいわゆるLGBTなどのセクシャルマイノリティの人がもっぱら対象となるのではと考え、自社には該当しない人はいないから当面は関係ないと思う人も少なくありません。しかし、行政通達では「相手の性的指向・性自認の如何は問わないものであること」(雇均発0210第1号)と明記されていることから、マイノリティに限らずマジョリティに対するハラスメントも十分に存在することになります。ジェンダーというともっぱら女性特有の問題と考えたり、あるいはセクシャルマイノリティのみが該当するととらえがちですが、そのような理解は残念ながら単なる偏見に過ぎないのであり、男性であろうがいわゆるマジョリティに位置づけられる人であろうが、いつでも当事者になり得ることを忘れてはなりません。

 男性に対するハラスメントはなかなかイメージしづらいという人も多いですが、例えば、女性社員に対しては個人の資質や希望などに応じて柔軟なキャリアコースや勤務形態の選択を認めているのに、男性に対しては本人の意思を確認することなくいわゆる「出世コース」を前提としたキャリアコースや勤務形態を職務上の権限で押し付けたり、女性社員に対してはセクハラやマタハラを意識して必要な配慮を心掛けているのに、男性社員に対してのみ「男は一家の稼ぎ頭になって一人前」という価値観のもとに、不用意に多人数の面前で執拗に結婚の意思について尋ねたり、飲み会などの席で男性であることのみを理由に大量の飲酒や飲食を強制したりするような場合は、言動の度合いや周囲の環境、本人の受け止め方によってはハラスメントに該当し得ることがありますので、十分に注意したいものです。

 パワハラ防止法とジェンダーは、これからの時代の働き方や職業人生を考える上でとても大切なテーマです。そして、ジェンダーというと女性への差別の問題をまずイメージしがちですが、セクシャルマイノリティへの差別のテーマも存在し、さらにはジェンダーとしてはマジョリティ的な存在である男性を取り巻く論点もあります。いま時代の躍動の中でまさに揺らぐテーマであるからこそ、閉ざされた意味での偏見を持つことなく多面的な視野を持って柔軟な対応をするよう心掛けていきたいものです。